延岡市赤水町…。(土々呂の近く)
知る人ぞ知る。(私は恥ずかしながら知らなかった…)
時は、
江戸幕府から明治政府へとかわる一大改革が行われている頃。
日本国内の騒動もそうでしょうけど、延岡市の赤水沖ではブリの大群が回遊し、
当時はまだ捕獲の術がなく、地元の網元たちは右往左往していたそうです。
試行錯誤の結果。
1875年に、“日高亀市”が『ブリ沖廻し刺し網』を完成させ、
1891年には亀市氏と息子の英三郎氏によって一網三千匹という『日高式ブリ大敷網』が完成。 それによって亀市氏は『ブリ大尽』として全国にその名を馳せます。
今回ご案内いただいた亀市氏子孫の日高保彦氏いわく、27LDKの『ぶり御殿』の敷地内には、 昭和52年頃まで漁協や水揚げ場、市場があったそうです。
それでは、早速『27LDK』のお屋敷をご案内いたしまぁーーーす! |