その昔。
天皇(スメラミコト)はコユノアガタ(現・西都児湯地区)に出かけ、ニモノヲノを散歩した。
その朝、スメラミコトは東の海岸を眺め、家来たちに「この国は日向(ヒムカ)というだけあって、日の出の方に向いているのだなぁ」と、しんみり語った。
また野原にあった岩に上り、都を偲んで歌を詠んだ。
これを思邦歌(くにしのびのうた)といい、古事記では日本武尊(ヤマトタケル)の歌として記されている。
その山を今回さるいたのでありますよ。
御案内人は日向市田の原の黄門さまこと黒木家御一行さま。
お父様のひさよしさんを筆頭に、みきよさん・るみこさん・しげのりさん御兄弟でガイドされてるんです。
黄門さま役?の黒木ひさよしさんは、小さい頃からお母様が「石神さまの頂上が国見が丘だ!」と言っていたことを、とても不思議に思っていたそうです。
が、日向市東郷町の福瀬神社に残されている古文書によると、景光天皇がおっっしゃっていた話を、その御子息“ヤマトタケルノミコト”が歌として残されているんですって。
また戦国時代。
島津の殿様がこの地に狩りに寄られたり、高鍋藩の秋月の殿様や伊東の殿様もこの地に立ち寄り「この場所が国見が丘だ!」と宮崎城主の日記に記されているようです。
田の原地区のみなさんが“石神さん”、と慣れ親しんでいる石神山の山頂近くに突如現れる巨石の数々。
その石から東を臨むと美々津を。また北は福瀬神社、南は一ノ宮神社を示しているんですって!
現在、巨石研究者の方々の調査がすすめられている“石神さま”。
歴史の流れを目の当たりにし、同じ空気を感じ、マイナスイオンをたっぷりと浴び、おいひぃ~手作りの料理に舌鼓を打ったり、心身ともに癒されてみませんか?
日向市観光協会 0982-55-0235
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