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子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥!
いわずと知れた十二支ですね。
12月のさるき隊は、干支の町“北方町”でございます。
2006年に延岡市と合併後も、勿論地区名を干支で表記することはかわっていません。(北方支所→延岡市北方町川水流卯682番地)
それにしても何故、干支?
1889年町村制度を導入した際、北方は自立した一つの村となったそうです。そのとき行政事務の責任者(戸長)の先祖が天文測量方だったことから、干支を採用したとされています。
今では全国でも珍しい干支の町となっていますものね。
国道218号線沿い蔵田地区から鹿川渓谷方面へひたすら車を走らせ、山々の紅葉を堪能しながらいると、突如今回のナビゲーター・延岡市北方総合支所のホープ荒巻 慧さんが車を止め「川向こうのあの地区が、宮崎で最初に電気が通った槇峰地区なんです」と教えてくださったんです。
「えっ?!県内初の電気って、黒北(清武)じゃないんですか???」
「槇峰は鉱山があった関係で、鉱山用として電気を通したんです」
いやいやいや、これは勉強不足でしたぁ。
1898年明治31年。鉱山用自家発電として槇峰第一発電所が108kwを操業開始。宮崎県で最初に電気が灯った瞬間でした。
当時の最盛時の労働者がおよそ1200名、そして最盛時の人口がおよそ4,500名だったということで、街は活気に溢れていたそうです。
平成の今、対岸から見る槇峰の地区は見事な紅葉に囲まれ、近くを流れる川の音と山鳥たちの澄んだ鳴き声が響き渡り、その風景からはとても町の賑わいを想像することはできませんでした。
でも当時からすると、今のこの自然の織り成す風景は想像できなかったかもしれません。
その槇峰地区をあとにし川の上流へ車を走らせ、鹿川渓谷の看板を目印に山手へすすみます。
途中、段々畑の風景が目の前に広がってきますが、本当にタイムスリップした感じ!
美々地神楽は、美々地八幡神社で毎年12月第3土日にかけて奉納されます。
現在保存会会員は25名(大人17名・子供8名)。
10種類ほどの神楽面には『明和元年』『享保六年』と記されているそうです。
大体1750年代ということなんで360年程前ですよね。
歴史ある神楽ですが、途中後継者がいなくなり途絶えた時期があったそうです。現会長の山岡さんが高校生の頃、先輩方が「なんとか復活させねば!」という想いで今から21年ほど前に、美々地神楽の十七・十八番までが復活したそうです。
山岡会長はこうおっしゃっいます「三十三番全部じゃないけれど、舞い手や見てる方たちが楽しければそれでいいんです。神楽を通じて全てのことに感謝する気持ちがあれば。あと舞が始まればすぐ飲める!飲んで笑って舞って…。気づけば隣の地区からも多くの人がやってくる!だから正月より神楽ですもんねぇ」
また神楽面の中で大変ユーモラスなものがあり、その面に合わせて所作のみで表現する舞があるそうなんです。保存会の方々の話によると「その舞を楽しみにされてる方も多いですわぁ」しかも子供たちが上手い?!って、どんな舞??気になる…。
そうそう!今年、神楽舞いに新人さんが2名いらっしゃるんです。
一人は保存会の中で一番年少の『山岡たいし君』。そしてもう一人は、今春延岡市立恒富小学校から美々地小学校に赴任された『甲斐なおかず先生』。
本番まであと2週間。二人の舞いも気になりますわぁ。
『美々地神楽』
美々地八幡神社 12月第3土曜日
*問い合わせ 延岡市北方町総合支所 0982-47-3600
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